1. HOME
  2. ブログ
  3. 【住職の言葉】首里城火災で思う、命と仏教(11/19の朝礼から)

【住職の言葉】首里城火災で思う、命と仏教(11/19の朝礼から)

町屋光明寺 住職の言葉

先日、那覇市の真和志地区のお祭りである
「遊友会」が、世界遺産・識名園で開催されました。

その時、城間市長を始め、
多くの方々が首里城の火災のことを話題にされました。

しかし、それは決して悲観はなく、
むしろ復興の誓いを述べるものでした。
挨拶のあと、祭りは盛大に賑やかに行われました。

首里城火災が沖縄県民にとって、
大きな失望をもたらしたことは間違いありません。

シンボルとして燦々と輝いていた首里城が一夜にして焼失したのです。
郷里愛の深い沖縄の方々にとっては、とても悲しいことでした。

しかし、不幸中の幸いと言えると思いますが、
人命が失われたわけではありません。

建物はいつか復興できますが、失われた命は戻ってきません。

そう考えたとき、私は8年前の東日本大震災のことを思い出しました。

当時千葉県にいた私は大きな揺れを感じましたが、
建物のなどの直接的な被害は受けませんでした。

しかし、直後からのテレビ報道を通じて
押し寄せる津波の脅威と、リアルタイムに人が亡くなっていく様に
大きな衝撃と自分の無力さを感じました。

多くの人が亡くなる状況を目の当たりにしながら、
ただ見て憂うことしかできない自分。

駆け寄って助けてあげることも、
励ましてあげることもできないもどかしさ。

もし自分が被害を受けていたら、誰かに助けを求めてないわけがない。

当然、その衝撃の大きさから、
誰もがすぐに復興を口にできる状況ではありません。

結局、私が被災地を訪れることができたのは
1年以上経ってからのことでした。

その頃には、国会でも復興に向けての施策が議論されていましたが、
現地ではまだ悲しみと向き合いながら絶望の中にいる人々や、
少しづつ前を向き復興の夢を語り始める人など、様々でした。

沖縄では首里城という大きなシンボルを失って、人々にも悲しみがあります。

一方、それは誰の命が失われた訳でもなく、
人々の生活拠点が無くなったわけでもありません。

首里城が焼け落ちた翌日から、高校生のグループが
再建の為の資金として国際通りで募金活動を始めたそうです。

復興を願い、それに向かって力強く進もうとしている人々の姿を見て、
私自身も少し救われた気がしました。

大事には到らなかった首里城の火災ですが、
日本全国どこでも予期できぬ災害で、人命を失う可能性はあります。

親鸞聖人のうたった短歌に、次の様なものがあります。

明日ありと 思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは
(明日があると今日の桜を愛でずにいると、
 今夜、嵐が来て桜の花は散ってしまうかもしれません)

人の命の一日一日を見過ごすことなく、大切にして頂きたいと思います。

また、仏の智慧が悲しみに沈む人にとって心の支えとなれるよう、
僧侶としてますます仏教を伝えて行かなければならない
、とそう感じるのでした。

南無阿弥陀仏

関連記事