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【住職の言葉】考える葦に叱られる!?(10/1の朝礼にて)

町屋光明寺 住職の言葉

最近、何かと話題に上る小泉進次郎議員38歳。

もともと話題に事欠かない人でしたが、
結婚と入閣があり、今や時の人になりました。

戦後の大臣としては3番目に若いそうです。

ちなみにもっと若いのは小渕優子議員の34歳と
野田聖子議員の37歳です。

しかしながら、若い才能が頭角を顕してきますと、
少しでも鼻につくようなことがあれば、
世間はそれをここぞとばかりに叩きます。

その先陣を切るのはいつもマスメディアです。

マスメディアは世間が何を嫌うかよく知っています。

そして、ターゲットにした者の世間から嫌われる部分だけを
繰り返し報道するのです。

批判しなくても、その映像が繰り返されるだけで、
ターゲットに対する世間からの不満は溜まっていきます。

ましてや、今はネット社会です。

報道された部分的な事実にも尾ひれ羽ひれが付いて、
巨悪の根源の様な扱いにされるまでに、
さほど時間がかかりません。

もちろん、その様な人には隙や問題点があり、
それを危機管理できなかった負い目はあるでしょうが、
それ以上に世間は成功者に冷たいと感じます。

時代の寵児やリケジョの星など…。

私は思います。

ITにより氾濫する情報は、人の興味を増長し、
逆に思考を低調にしてしまいます。

そう、自分で考えて自分で判断しなくても、
十分面白おかしく生きていける社会なのです。

しかしそれで良いのでしょうか。

ブレーズ・パスカルは「(人は)考える葦である」と言いました。

逆に言えば、考えなくなった人は、
ただの葦と変わらないということです。

分かり易い言葉を探せば、
「ボーっと生きてんじゃねーよ!」
と考える誰かに叱られるフレーズが思い当たります。

また、人間はただ考えるだけの葦ではない、
と私は思います。

何故なら、誰かが思考した判断と結果を、
他者や次世代へ継承できる葦なのです。

文化や文明はそうやって発展してきたのだと考えたとき、
今の暮らしができるのは、
先人が築いてくださった、尊い智の財産のおかげであると思うのです。

人が人らしく生きていけること、
私が私らしくいられることを、

ご先祖様に感謝する心として、
多くの人に持ち続けてほしいと思います。

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