1. HOME
  2. ブログ
  3. 服装よりも「心」で供養

服装よりも「心」で供養

こんにちは。IT住職こと、町屋光明寺住職の大洞龍徳です。
今日は服装について書いてみたいと思います。

インターネットの記事などでよく「『平服でお越しください』と言われても、
法要にカジュアルファッションはNG」と書かれているのを見かけます。

では、本当にNGなのでしょうか?

映画「抱きたいカンケイ」(2011年・アメリカ)では、
主人公がデートを装って、幼なじみの男性を父親のお葬式に呼ぶシーンがあります。

当然、お葬式とは知らない彼は黄色のパーカーにチノパン姿で墓地にあらわれます。
周りは黒っぽい服の人々。しかし、誰も変な顔はしません。
黄色の彼も「いやー、こんな格好ですみません」などとは言いません。

実際、アメリカでは、喪服を着るのは遺族くらいで、その他の参列者は平服。
服の色も様々です。中にはジーンズの人までも。

しかし、島国・日本の人々は、ストーリーと協調性を重んじる、気配りの人種。
身近な人が亡くなった → 喪に服す → 地味な衣装にする
というストーリーにのっとり、その形を大切にします。

同時に、その周囲の人も、その形から察しようとするのです。
そうなると、ますます喪服は重要になります。

日本人が形を大切にする例を別に挙げれば、
お葬儀の御仏前(御霊前)などの不祝儀袋には薄墨で書きますが、
それは亡くなった故人のことを思うあまりに涙がこぼれておちて
硯の墨が薄くなったのを表すそうです。(諸説あり)

また、中身のお札も新券ですと予め故人の死を準備して待ち望んでいた
ことになるので使用済の札(新券の場合は折り目を入れる)を包むとか。

さすがではありますが、そのきめ細かさがマナーになり、常識になり、
暗黙のルールになっていくと、負担になってしまいます。
それでは、本末転倒ではないのでしょうか。

では、アメリカのように葬儀に平服でも良いかというと、それも違和感があります。
私は、葬儀の時はできる限り喪服、しかし遺族以外は法事から平服で良いと考えます。
服装よりも「偲びたい」という思いを大切にするほうがよほど大切だと思うからです。

ただ、ここで注意していただきたいのは、儀式の執行者である僧侶がそれを言わないと、
結局、皆、喪服を着てくることになりかねないという事です。

私が厳修する「プロジェクションマッピング法要」は
「犯罪にならなければ服装は自由です(コスプレ、喪服も大歓迎)」とご案内しています。

故人がお好きだったコスプレをするもよし、好きだった色のドレスを着てくるもよし。
そう思っています。

日本人はストーリーと協調性を重んじる人種。
「パーティードレスで法事をしよう」と決まれば、きっとドレスで来てくれることでしょう。

関連記事